よく使う言葉の分析

本人も無意識で使っている「よく使う」言葉がある場合、その人にとって【その言葉を使わなくてはならない】何かの理由が背景にある。
その背景を探るのが言語心理分析だ。

 

最初の分析はその言語の持つ意味からはじめる。
「テレビ」ならシチュエーションや状況。どういう人がよりテレビを見るか。
「ありがとう」なら普段誰もその意味を深く考えないが、実はどんなときにその言葉が使われているか。
「要するに」はまとめるための言葉なので、なぜそんなに高頻度にまとめようとするのか?というようなことを探る。

次に、その言葉に対して【人の頭の中にあるイメージ】がある。
これはその言葉を使う本人だけではなく、多くの人がその言葉に対して抱くイメージのことだ。
「テレビ」には誰も不信感や恐怖心を覚えない。
逆にある程度正しいことを示唆し、面白いことや興味深いことを教えてくれると考える。
「ありがとう」は無条件に良い言葉だと思うし、「要するに」はその言葉の受け手からするとまとめてくれたわかりやすい答えになる。
認識的に共通している【何かしらの良いと思われている言葉の背景】を探る。

その言葉を多く使う人は、その言葉の背景を自分の正当化のために使っている。
「みなさんが良い意味を持っているこの概念を私は大事にしてるんです」という意味が心理に含まれる。
だから、その概念を『わざわざ』使う背景を探る。
何かを避けたり逃げたり、恐れたりそうならないように使っているはずだ。

基本的に、良い言葉を多用する場合は、その反対の意味を避けていると考える。
その反対になることがまずいので、そうならないように過剰に予防線を張る。

そしてさらに言葉を拾うことができるなら、その言葉を多用する場面はどんなときか?を探る。
同じような会話でもその言葉を多く使うときと全く使わないときがある。
多く使うシチュエーションが、相手の避けようとする場面であり、同時にそうでない良い自分をわざわざ作ろうとする物事だったりする。

もしこれまでにその「良い物事」を作ることに何度も成功していると、言葉の多用は強化される。
その物事を正当化するので、その物事に対する発言も増える。

特に「.でなければならない(must)」という発言が増える傾向にある。(たとえ.でなければならないという言い方をしなくても、そのニュアンスを含む)
「.でなければならない」という言葉の心理背景は、義務と強制で、それ以外を選択するととんでもないことになるというネガティブベースの考え方がある。

そもそも言葉を多用する人は、ネガティブを避けるためにポジティブな言葉を使う。
そして結果を取り実績を作ると『これこそが正しいあり方だ』と自分を説得する。
説得材料も十分にそろっている。
だから、それをやらない人、できないことに対して敏感に意識が働く。
「それがうまくできないとまずい」という元々のメカニズムに沿ったパターンが作られてしまう。

だから、ある言葉を多く使う人は、これまでにそれを避ける結果を取り続けてきたとも言え、だからこそその言葉の背景にある「何かまずいこと」を避けることは正しいことだ・・・とする心理背景がある。

 

同じことは何も言語心理だけに働くのではない。
よく笑う人は、よく笑わなければまずい何かを抱えていることが多い。
「笑う」ということは表面上好意的に理解される。褒められたり評価もされる。
そうすると、その実績を理由にして「やはり笑うのはいいことだ」「自分はそれができている」「みんなももっと笑って幸せになればいいのに」という思考パターンができる。

本来なら自分が笑っていることが自分の幸せであり、それをもっと伸ばせば良い。
だが、元々が笑わなければ「ならない」理由からスタートしているので、実績を示すことができるようになった後も実は「笑わないできごと」が気になる。
そこに視点がある。だから次のターゲットは自分ではなく「笑わない他人」を向くようになる。
なんとかしようとするようになり、笑わない人を否定的に捉えるようになる。

この心理背景は、自分が「笑えないような現実はまずい」ことにあり、笑おうが笑うまいが常にその危機にさらされているのだ!という基本則を持つ。
だから表面上はとてもにこやかでとっつきやすくても、その人を知れば知るほど多くの人が違和感を感じるようになる。
この違和感の感じ方は、その人がもともと恐れている(具体的な)状態と近いものになる。