デートにおけるランチとカフェの決め方

今日も会社の同僚とランチに出る。デートで少し時間が空いた。
そういうとき「何食べたい?」「空いた時間どうする?」と聞くのと、「ランチはパスタ食べたいけどどう?」「カフェでも入ろうか?」と言うのとでは、最終的にパスタを食べ、カフェに入ったとしても心理的な意味は全く違うものになる。

 

前者は受動の言葉、後者は能動の言葉だ。
「何食べたい?」「空いた時間どうする?」という受動発言は、それをしなければならない理由が背景にあるはずだ。
相手を尊重しているからかもしれないし、相手の意見を受け止める器や余裕があるからかもしれない。
逆に自分で決断したくないから相手に決めさせているかもしれないし、面倒ごとを押し付けようとしているのかもしれない。

「パスタ食べたい」「カフェに入ろう」というのは、自立心があり、決断する力があるのかもしれないし、自分の意見や欲求をはっきりと伝えることができる性格なのかもしれない。
だが、これも逆に、相手の意見を尊重しない自己中かもしれないし、面倒くさいことをさっさと処理する性質が表れたのかもしれない。

 

ここでは能動、受動それぞれの背景にポジティブがあるのかネガティブがあるのか?ということを分析できるようにしよう。
これも能動受動の背景を読み取る分析手段のひとつになる。どちらの場合も、言葉尻に注目して分析する。

 

 

まず受動表現を見ていこう。
「ランチ何食べたい?」と聞かれたら、主導権はこちらに投げられたことになる。
ということは、それを聞いてきた相手は『ランチを重視していない』か、『ランチは大事だが別の何かの事情がある』ということがわかる。
もちろん習慣的に言っているだけということもあるが、その場合でもこの背景がある。

人は重視していない物事を軽く扱う傾向にある。
そんなことは何でもいいけども、軽く扱う物事なので調べすらしないという場合、「ランチ何食べたい?」という言葉になることはある。
これは自分の価値観に合っている言葉の使い方なのでポジティブな方向を向いている。
ただし状況に対しては決してポジティブではない。
受動をポジティブに捉えても、物事がポジティブに進むわけではない。
自分の不都合を避けるという結果しか手に入ることはない。

逆にネガティブな場合、自分で決めると否定されたらショック、自分の意見を押し付けてはいけない、自分で決めると責任を負いきれない、人から悪く思われたくない、などの理由から「ランチ何が食べたい?」と投げる言葉を放つことがある。
これは物事から逃げ出すわけではないが、その物事が私にもたらすであろうネガティブからは逃げ出す・・・という心理背景を持つ。
ランチに向き合っているようで、実は避けるために注視している。
だから本当は食べたいもの、行きたい店、逆に行きたくない店があるはずなのに、その意思を封じ込める。

『本当はある、だがさもないような振る舞いをする』。
だからもし、食べたくないものや行きたくない店が対象になると、強気な性格なら「えーパスタは嫌」と言うし、弱気な性格なら「うん、いいよ」とやや下を向いて暗い表現で言うだろう。

なら、そういう人は何と言えばいいのか。
「ランチ何食べる?あ、でも昨日パスタだったからパスタ以外で」と言えるのなら、自分で自分を制約する度合いは強くはないということが読める。
ただ、強くはないがこの『言葉尻』が付いたために、「ランチは実は重視」「自分の意思を全部言ってはいけない」という矛盾を持つことが明らかになる。
さらに「パスタ以外で」という『言葉尻』から、みんなが納得できる理由を持ち出し、より積極的に関わっていて、しかも相手を尊重するような素敵な人を【装う】『能力』があることが読み取れる。
これはナナメに見ているのではない。
なぜなら、もし本当に意思があり、パスタを食べたくないならそんなまどろっこしいことを言わず、「カレーと和食と韓国料理どれがいい?」と聞くはずだからだ。

これは能動の言葉になる。
「カレーと和食と韓国料理どれがいい?」という言葉の背景には、今日のランチを昨日と比較し、周辺のお店を考え、トータルで調べて3つに絞ったという『能力』があることが読み取れる。
しかも、受動の言葉の時に避けたであろう、人間関係の不備や人からどう思われるか、というようなリスクを見事に回避している。示したのはあくまで指針で、しかも相手が選べるようにできている。
意見が分かれたり、どれもいまいちな雰囲気なら「じゃあ別のにしようか」と言えば解決できる。
『能力』の効果的な使い方を考えると、この方が好ましいメリットがいくつもあることがわかる。
だから「ランチ何がいい?パスタ以外で」という言葉尻があるだけで、『リスク回避のために能力を使う習慣がある』ということもわかる。

 

能動表現の方も見ていこう。

「ランチはパスタ食べたいけどどう?」というのはすでに言葉尻が付いている。
「どう?」と相手に尋ねているのがわかる。
もしこれが「ランチはパスタな」と断言してしまうとそれ以外の選択の余地がなくなる。
もし急に雨が降ってきたとか、目当てにしていた店が3店も閉まっていてうんざりしているなら、この断言はむしろ相手のことも思いやっていることになる。

だがもし、習慣的に断言の言葉を使っているなら、人に配慮しない自己中心的な人だろうと読むことはたやすい。
だけどそこに「ランチはパスタ食べたいけどどう?」と「どう?」が加わるだけで『相手の意思が登場』する。
もちろん半強制的な印象は残るし、言われた方が言った方よりもはるかに気が弱ければ聞いていながら決定を押し付けているだけなのでやはり自己中心的だといえる。

 

能動表現を分析する上で気をつけることは、能動表現のほとんどが自分を立て責任を負っている表現なので(実際負うかは別)、それが自己中心的なのか、状況に応じて決断を使い分けているのか?を見る必要がある。
状況に応じて「決めつけ」「相手の意向の確認」そして「受動」を使い分ける人は、相当バランス感覚がいいことが読み取れるが、それでもそのバランスから外れたときには特殊な心理背景が何か?を比較して知ることができる。