プロフィールを読み取る

婚活をしているとわかることがたくさんある。
こういう発言をよく聞かないだろうか?

「いい人がいたら紹介してください」。
これは受動表現になる。婚活サイトにはプロフィールにこんなことがよく書かれている。
「アウトドアが大好きで月に1度は長い距離ウォーキングします。
海外旅行、特にイギリスに行ってみたいです」「結婚したらお互いが笑いあえる幸せな家庭を作りたいです。子供も2人欲しいです」これは能動の表現になる。

そしてこの2つの文言がある人は私なら結婚対象からふるい落すし、実際に『結婚したいと言っておきながら(行動しておきながら)結婚には向き合わない』という心理が表れている。
どうも、言語心理は婚活にも役立ちそうだ。
れの何がおかしいのか、「ふるい落す」ところまでするのかわかるだろうか?

 

仕事に置き換えてみるとよく分かる。
もしあなたの目の前に誰かが現れて、「いい仕事があれば紹介してください。働く気があります」と言っているとする。
たして『本当に』働く気があるのだなと感じるだろうか?本当に働く気なら「何か仕事ありませんか?誰か紹介してもらえませんか?いい方法ご存知ではありませんか?」と言うとは思わないか?実際に職探しをしている人が「いい仕事があれば働きます」と言っているのを目にして誰が本気だと思えるだろう。

「いい人がいたら結婚したいです」という受動表現は結婚などしたくない心理の表れなのだ。

「アウトドアが大好きで月に1度は長い距離ウォーキングします。
海外旅行、特にイギリスに行ってみたいです」「結婚したらお互いが笑いあえる幸せな家庭を作りたいです。
子供も2人欲しいです」という能動表現から何が読み取れるだろう?私は男なので女性を想定して書いたが、最初の文章からはこの人が『独身の時に関心がある具体的な内容』と、次の文章からは『結婚したら思い浮かべる抽象的でありきたりなイメージ』が書かれているのがわかる。
アクティブで前向きないい子だと思ったら大間違いだ。

婚活をして、これから結婚を考えるのに当たって、アウトドアと海外の話をする。
考えるべきことに対しては曖昧で本当は何を求めているのかよくわからない。

仕事に置き換えるとどうだろう?  面接で「私はアウトドアが好きで.。海外はイギリスが.」「もし採用されたら笑顔で働けるように努め、給料が2ランク上がるように頑張ります」と言ったとしたら。
どうも具体的な仕事のこと、何に貢献できるか、どんな成果を上げることができるかには一言も触れていない。

さて、あなたはその人を採用するだろうか?

 

能動と受動に対する基本的な言語心理の考え方は2つある。

ひとつは、能動は責任を負うのでアクティブで良いことだと思われていること。
受動は責任を負わない(負えない)のであまりいい印象を持たれていないこと。

ふたつめは、社会は「能動的であれ」と能動を好ましいことに位置付ける習慣があるので、多くの人が「能動的でなくてはならない」と思っていること。
して実際に能動が向いている人は過信する傾向にあり、受動が向いている人は過小評価する傾向があること、だ。

このルールに当てはめて考えてみると、「いい人がいれば結婚したい」は実は相当人からネガティブな印象を持って捉えられることがわかる。
誰もそう「判断」はしないが「印象」を持つ。
ならなぜ、言った方はそういう結果になるようなことを言うのか?それを『わざわざ言わなくてはならない理由』は何か?という疑問が出てくる。
自分を過小評価しているし、いい印象を持たれていないので諦めているのではないか?と読み取ることができる。

「アウトドアが大好きで月に1度は長い距離ウォーキングします。海外旅行、特にイギリスに行ってみたいです」「結婚したらお互いが笑いあえる幸せな家庭を作りたいです。
子供も2人欲しいです」の人は、アクティブで元気があり好ましく思われることを知っている。
ならやはり、なぜそれを『わざわざ言わなくてはならない理由』は何か?という疑問が出る。
いや、待て。
婚活しているんだから当然じゃないか!と思っただろうか。実はその答えには大きな間違いがある。
もしそれが正解なのであれば、企業面接でも「アクティブで好ましく思われる」ことを言えばいいことになってしまう。
それで通る企業もあるのだろうが、真剣に人を選ぶなら通るはずがない。
なぜならそれは「思われる」方法であって、「そうである」物事ではないからだ。
実際婚活している人の文面では、自分のことは自己中心的に、結婚のことは抽象的に書かれている。
「この人こそ求めていた人だ!(なぜなら趣味が合うからだ)」と思うのは実におめでたい。
なら何と言えば(書けば)良かったのか。これは受動と能動で方法が異なる。

何か目的があることに対してどんなに受動的な態度を一生懸命取っても、それを「やる気がある」と思う人はいない。
「やってみてから考える」とか「まずやってみる」というのも【受動】の言葉だ。
これもやる気があるとはみなされない。なぜ受動かわかるだろうか?「行動」に対しては能動的な言葉を使っているが、結論に対して「受動」だからだ。
目的を持って取り組むとき、必要なことはどんな行動を取るかではなく、その結論を手に入れられるかどうか、なはずだ。

「いい人がいたら紹介して」はどう言えば良かったのか?まず能動に変える必要がる。
「これこれこんな人が周囲にいますか?紹介してください」だ。具体的に知り合うべき人の特徴を伝える。
相手がイメージして紹介してくれる必要がある。
婚活なら自分のタイプではなく、例えば「身長160以上でタバコを吸わず清潔な男性は知り合いに何人いますか?」と訊く。
そう訊けば相手はいるかいないかではなく、該当する人を全て見つけようとする。
そして5人と言われてから、その中の独身を紹介してもらえばいい。
「いない」と言われたら「そういう旦那さんを持つ奥さんの知り合いはいますか?」と聞く。
そこから奥さんか旦那さんを紹介してもらい、その先に候補者がいるかどうかを探る。

さて、これをやっている人を「やる気がない」という人はいるだろうか?能動的な気分に浸っている人は何と言えば(書けば)良かったのだろう。

趣味にはこう書けば良かったはずだ。
「結婚を真剣に考え始めてから料理の腕を磨こうと思い料理教室に通い始めました。
旦那さまの好みに応えられるようレパートリーを増やしたいと思っています」。

「結婚したらお互いが笑いあえる幸せな家庭を作りたいです。子供も2人欲しいです」はどうだろう。
抽象表現を改め、目的に適ったことを書く必要がある。
例えばこうだ。
「旦那様が笑えるポイントを早く知ることが大事だと思います。
それで癒し、笑いが溢れる家庭になれば、生まれてくる子供もきっと幸せに育ってくれると思います」。

 

目的がある場合、受動的な人は能動に言葉を変える必要があり、能動的な人は目的に適った言葉を使う必要がある。
どちらにも共通しているのは、「やる気がある人は具体的な行動に沿った言葉を使う」ということだ。
これは『発言と行動の一致』にもつながる。だから受動にしろ能動にしろ、上の例のようにやる気のない言葉を使う人は、言っていることとやっていることが一致しない人だと読み取ることができる。
受動重視の人は発言よりも過剰に行動し、自己評価が低い。
能動重視の人は大言壮語で過剰評価をする傾向が強い(大したことないのに偉そうだ)、ということがわかる。

なぜそこで受動の言葉を使うのか。
なぜそこで能動の言葉を使うのか。
その言動は一致しているのか。
あるいは行動による「結果の言葉」を使っているのか?能動受動の言葉を読み取ることで、その人がどのくらい物事にコミットしている人かどうかがわかる。

余談だが、自信欠落の受動の言葉を使いながら周囲の人が満たされている場合は、弱者同士で共依存、正当化していることが読み取れる。
人は周囲に賛同者がいると自分は正しいと思うから、その人は今後なかなかその状態を抜け出せないということも読める。

自信過剰の能動の人がもし多くの成果を上げているなら、心の弱さを気力でカバーし物事を達成すれば良いのだと信じていることが読み取れる。
達成した数が多いほどその状態を抜け出すことは難しい。