不要な反復と説明②

自分に自信がない人がよく言う別の言葉もある。
不要な反復ではなく「不要な説明」だ。
結論を聞いているのに方法論を話すことや、感じていることを聞いているのに考えていることを話すというようなことがある。

以前とある会社の社長に事業の質問をした。
「中小企業に対してはどのような方法がありますか?」社長はこう言った。
「例えば大企業の場合だとこれこれこんな方法がありますが.」その説明は不要だった。
なぜ必ずしも関係があるとは言えないことを、わざわざ相手に説明しようとしてあげるのか。
多くの場合でその人が持つ情報があまり多いとはいえないことがある。
情報が少なくても結論を導けばいいわけなのだが、いかにも軽視されそうだとか、突っ込まれると説明できなくてまずいという場合に、リスク先行型で手を打とうとする。
心理背景には「低い能力がばれるとまずい」という思いがある。

 

どの心理背景でもそうだが、そういう心理であることと実際にそうであることは一致しない。
能力が高く、情報が多くてもこれを行う『自信のない人』はいる。
また不要な説明をする人は、当然のように必要な情報以外のことを話すので、その行為自体周囲から潜在的に「能力が低い」と見られている可能性が高い。
「口が軽い」という場合もある。
そう見られたくない結果に打った対策が、その結果を見事に得てしまっている。
そうやって低い実力を暗に知らしめている人は、どうやっても自信のない発言、内容、表現になり、それが定着していってしまう。
定着した人の心理背景は【明けない梅雨状態】と言っていいだろう。

 

ただ、説明が多い人の中には、相手のことを思いやって必要なことをよく伝えようとする人もいる。
言語心理分析では想いや親切は考慮に入れなくていい。
というか入れてはいけない。
純粋にこう考える「それをわざわざしなければいけない理由はなんだろう?」。

相手が説明を求めるタイプでそれに応えているなら問題はない。
なぜなら相手が結論を求めるタイプなら端的な結論を言っているはずだからだ。
だがどうもそうではない。
いつもそうやって言葉を紡ぎ、足し、蛇に足を書いているのだとしたら、「それをわざわざしなければいけない理由はなんだろう?」の出番だ。

 

親切でなければならない理由、情報を全て出さなければならない理由、丁寧懇意である理由は、「ネガティブを避ける目的」「何かを手に入れる目的」「自己肯定するなど自分に対しての目的」がある。
概ねこの3つを基準に探ると分かりやすい。

「不要な説明」には原則がある。
どのような説明も、説明が多くなればなるほど「不要な説明」をする確率が増える。
説明不足の言葉を使うならそれはそれで別の問題が生じるが、「不要な説明」はむしろ親切心や能力アップから生まれることが多い。
そういう背景を知っていると分析の方向が決まってくる。
ただしただ単純に何でもいいから喋りたい人もいる。自慢したい男性はよく解説したがる。
そういう人は分析するまでもなく虚栄心や自尊心を承認させたいだけ(誰も認めてくれないという心理背景)だとすぐにわかる。
浅いものは深く分析する必要はない。