なくていい言葉

さてウォーミングアップはいいだろうか。
「余計な一言」「不要な反復」はそれを聞けば誰でもわかる【言わなくていい言葉】だ。
あまりにも簡単すぎる。
もう少し難しいケースを見ていこう。

 

【言わなくていい言葉】は「なくていい言葉」のことだ。
それは結構な難度でわかりにくい。
例えば「強み」という考え方がある。強みとは何か?

『「他の人には難しいことが、自分には簡単にできてしまうこと」ということだ』 だが。
この解説文はこうでもよくないか?

『「他の人には難しいことが、自分には簡単にできてしまうこと」だ』 文末が違う。

「ということだ」は「だ」でも同じ意味になる。
特に無礼な言葉になるわけでもないし、上の文章の方がよりわかりやすいということもない。
ほぼイコールで意味も表現もニュアンスも同じだ。もちろん文章全体の様子やテンポによってはあえて使うこともある。
だが、強みを説明するのに長ければいいという根拠はない。
これが【言わなくていい言葉】なのだ。

言い回しや表現の種類によって、あえて長い言葉を使う場合もある。
だがそうでないなら、「いつも」長い言い回しを使っている人にはどんな心理があるのか?

 

まず最初すぐにわかるのは「長くしなければならない理由」があるということだ。
例えば学会に論文を提出するとなると、なぜか長いほうがいいということになっている。
内容で長くできないなら、言葉で長くするしかない。
またそういう世界は、くどい言い回しのほうが「できる」というよく分からない常識観があったりする。

あるいは、出版が決まったとなると、本当に大事なことはさほど分量が多くないのに、例えば230ページになるように文章を作らなければならない。
講演が決まったら1時間話さなくてはならない。
謝罪をするときに「申し訳ありませんでした。おしまい」だと何かまずい気がするかもしれない。
目的による制約が言葉を長くさせることがある。

つまり、状況や人に合わせて、役に立たないどうでもいいことを採用しなければならない立場にある、という心理背景がある。

話に関係のない「なくていい言葉」や、少し難しいが言い回しが短くていい「なくていい言葉」は、ただ純粋になくていいのでまだ見分けがつく。
これとは別に『関係がある、なくていい言葉』がある。

例えば気遣いの言葉はそれに当てはまる。
「申し訳ありませんが、車を移動してもらえますか?」「あまりいい気はしないと思いますが、はっきりと言わせてください」というような前置きの言葉は相手を気遣っているし、コミュニケーションを円滑にする目的がある。
もちろん必要なときはある。
しかし『不要な時もある』。
わざわざそれを言わなくていい相手やシチュエーションがあるのに、それでもその言葉を使うということは、逆に相手やシチュエーションをよく見ていないということだ。
その証拠に私たちは同じことを伝えるとき、親しい人にこの表現をしないが、外の世界の誰かにはする、ということがある。

必要な言葉が不要なときもその言い回しをするということは、「ひな形に則り間違いがない方法を取っているからいいじゃないか」という心理背景がある。
この心理は、相手や状況を判断し選択するのではなく「ルールに従っていれば間違いない」という前提がある。

ということは、自分の頭で考えて、自分で決めることが苦手で、世の中の堅い(と思える)情報に無条件に従うというような心理背景があることがわかる。
そういう人はどういうことをしやすいかといえば、みんなが買うものを買うとか、テレビの情報で最新のものを取り入れるという行動が見られやすい。
だから、自分自身のことを突っ込まれて聞かれたときも、その意見は自分で考えたように見えて、どこかの情報の寄せ集めに過ぎなかったりする。

 

もうひとつ、必要そうだが「なくていい」言葉がある。
「説明」だ。 私たちはつい説明しようとしてしまう。
それが当たり前だと思われているし、そういうものだとされている。
だが、例えば未知のものをいくら説明されても、本当にそれが何を指すかは理解できない。
知らないことに対する説明は・・・それは営業でもテレビ番組でもそうだが・・・意欲の喚起や不安の解消という「感情面の整合性を整える」ために行われる。
ということは、説明の多くは相手の感情を慮って行うものだが、いざ「そういうものだ」と理解すると、「別に説明しなくていいかな」ということは数多くある。

昔私の知り合いが、車の免許を取る前の奥さんにこう質問された。
「車は真ん中を走らなければいけないのに、ハンドルは右に寄っているんだよ。ハンドルが真ん中にあれば真ん中を走れるだろうけど、どうして右についているのに真ん中を走れるの?」旦那さんはこう答えた「・・・走れるんだよ」。

この言葉は『結論の言葉』だ。
結論だけ言われても・・・ということもあるかもしれないが、奥さんが聞いたような未知の質問は心の不安の表れだということがわかる。
なら、説明しても不安は解消できない。
経験も知覚もないからだ。
だが、結論大丈夫だということは説明がなくても腑に落とすことができる。
「結論の言葉」が必要なときに「説明の言葉」を、「説明の言葉」が必要なのに「結論の言葉」を使うなら、それが【言わなくていい言葉】になる。

必要そうだし、小さくて見逃しそうな言葉も言語心理の分析対象になる。
その言葉を「使わなくてもいいのに、使わなければならない理由は何か?」と考えてみると、いろいろなことが見えてくる。