不都合な真実の消去

自分にとって都合の悪い指摘を受けたり、話題になったり、内容が飛んできたとき、それを避けるために脳内変換することがある。
言葉尻だけでいうなら「わかりました」と言って相手が満足な表情をしたら、心の中で「やるとは言ってないもんね。わかったと言っただけだから」というような手を取る人がいる。
これは相手の脳内変換を利用したやり口だ。

 

自分にとって不都合なことを言われた場合、例えば「営業力が弱まっているために売上が下がり、経費の無駄遣いも多いのでこのままいくと倒産しますよ」と言われたとき、社長Aは「ほらみろ、やっぱり営業マンがサボっているのがいけないんだ。早く営業改革をしなければ」と理解し、社長Bは「帰ったらすぐにでも経費を引き締め、チェックを強化しなければ。以前からあいつの領収書が多いと思っていたんだ」と理解したりする。

これは【部分ピック】という方法だ。
自分の得意なことやわかりやすいことにフォーカスすることで、それ以外の不都合な真実をなかったことにする手法だ。一番単純な方法だと言える。
【部分ピック】をする人の心理背景は簡単に分かる。
ピックアップされなかったことを避けている。
営業が得意な社長は経費を避け、経費が得意な社長は営業を避ける。なかったことにしている。

 

私が勉強会を開くと、それをレポートにしてくれる人は少なからずいる。
感想なら自分の気持ちを書けばいいが、レポートなら内容を書かなくてはならない。
あまり人のものを読むことはないし、読んでも速読だが、たまに「そんなことは言っていないのに」ということが結構な量書かれていることがある。
それを読んだ人はきっと別の理解をするだろう。

なぜそんな意味を履き違えてしまうようなことを書いているのかというと、本人には「その意味に聞こえた」のだ。
そしてそれをアウトプットするということは、他人の賛同を得て自己証明しようとしている。
これは【意味の変換】という方法で、言葉は同じであることもあるし、似たような別の言葉に変わることもあるが、それよりも「解釈」を変えてしまう脳内変換になる。

例えば「中心軸セミナー(強み理論セミナー初級発掘編)」では、強み発掘の方法のひとつとしてポジティブフィードバックという方法を説明している。
動画セミナーの中ではっきりと「客観的に見た優れているところをピックアップするもので、他人を褒め合うと効果がない」と言っているにもかかわらず、開催されているフィードバック会では「お褒め合いの会」になっている。
ネットに上がる記事にも「褒められて嬉しかった」と完全に趣旨が変わってしまっている。

なぜそんなことが起こるかというと、「嬉しい」「感動する」という心の動きに引っ張られて、「これはみんなが喜ぶ会だ」と解釈が変換されるからだ。
誰もそんなことを言っていないのに、脳内で伝言ゲームが始まる。終わった頃には全く形が違うものになっている。

 

解釈を変える人はユリウス・カエサルが言った「人は見たいものを見、聞きたいことを聞く」というルールにぴったりと当てはまっている。つまり、聞きたいことしか聞かないし、聞きたい単語がなければ意味すら変えてしまう。
このことから「人の話を聞かない」「自分に都合のいいときは味方だが、都合が悪くなると嫌いになる」「間違いを指摘されることが多い」という特徴があることがわかる。

間違いを指摘されたときに反発する、一度は聞くが元に戻る、別の解釈で聞き変える、の3つがよく起こる。反発する人は外の世界を敵だと思っていてリスクにおびえる心理があり、一度聞くが元に戻る人は気が弱く自分がない。
別の解釈に変える人は否定される世界からいつでも逃げようとする心理がある。

 

逆に【言葉をそのまま固定化して捉える】脳内変換もある。融通が利かないし、熟考することをしない。
例えば「あなたは強い意志を持っている反面、扱い方によっては頑固という悪い働きもしますよ」と聞いたとする。
すると、それ以降の生活の全てが「強い意志or頑固」で判断されるようになる。
これまであった柔軟なことや優しいこと、意見を譲ること、自分の頭で考えていたことの全てが「強い意志or頑固」になり、そう変換される。
誰も「あなたは全てそうです」とは言っていないのに。これは『固定化』という方法だ。

この方法を使う人は責任転嫁する癖があり「だってそう言われたから」と強く守る傾向がある。
もちろん「そう言ったからには強く守れ」とは『言われていない』。
固定化する人の心理背景は、自分の頭で考えられず自信がない。
思考力が弱く、被害的な感情は強い。自分に軸がなく外に軸を求める。
そのほとんどで失敗するという特徴がある。