わかりやすく話す

話がわかりやすい人がいる。
よく「中学生にもわかるように説明する」のがわかりやすい説明だ、などといわれる。

話がわかりやすいというのは、より多くの人が理解できる言葉と言葉の組み合わせ(文)を使うからだ。
シンプルで間違いようがなく、といって人がストレスを受ける言葉を使わないという特徴がある。
センテンスが短いという特徴があり、「、」が何度も続くような言い方をしない。ちょうどいい分量で「。」が使われ、文章が区切れる。

 

私たちはわかりやすく話してくれる人に対して、例外なく好感を持つ。それなら話の内容を脳内変換する必要なく受け取ることができる。
いいことづくめに思えるし、実際そういうことの方が多い。

だが、ということは、「わかりやすく話す人」は好感を持たれ、うまく受け取ってもらわ『なければならない』何かの理由がある可能性がある。
それによって商売がスムーズになるのかもしれないし、人との諍いを避けることができるかもしれない。

「わかりやすい言葉」は、「中学生にもわかるように」というフレーズが使われるように、多くの場合で初心者や理解の浅い人に対して有効に働く。
そしてそういう人の方が人口が多い。

ということは、初心者や理解の浅い人から支持を得なければならない何かの理由があるかもしれないし、初心者や理解の浅い人という前提を避けることができないので、「嫌でもそれをしなければならない」のかもしれない。

わかりやすい話の方法のひとつに「実例を出す」というのがある。
「例えば.」という言葉の後に、物語が続くことが多い。
その物語は自分の経験、誰かが言っていたこと、本で読んだこと、一般的に誰もが経験したことなど多岐にわたる。
例の種類は多くても、例がもたらす効果はほぼ決まっていて「イメージを喚起させる」「ストーリーを喚起させる」「感覚を喚起させる」というような、感覚を動員する。
その結果単なるわかりやすい説明とは違って、共感させたり感情を動かすこともある。

ということは実例を多用する人は、「自分が相手にイメージさせ感情を動かす人間である必要がある」か「相手のイメージと感情を動かさなければならない」何かの理由があると分析できる。
または、自分がそこまで相手に影響を及ぼす人間であることを「証明」しなければならないか、それによる人からの「評価」を得なければならない理由があるかもしれない。

「論理の筋道が通っている」という言葉の組み方(文)もある。主に男性に多く、理論が正当で、整合性のある話し方をする。
「実例」のときとは逆に、感情は動かず理性と知能に働きかけをするような印象を持たれることが多い。

そういう話し方をする人(主に男性)は、感情的になりバラバラの話をされることを嫌う傾向にある。馬鹿にする人すらいる。
物事には筋道が必要だと思っており、実際に自分も筋道に沿って思考する。