感情表現

特にネガティブな感情をそのまま言うのは大人な対応ではないとされている。
特に日本は文化的にその傾向が強いかもしれない。
相手のことを慮りストレートに表現するものではないとされているが、見方を変えれば相手のことを真っ先に気にして自分を殺しているとも言える。

悪感情がそのまま出る・・・出していいと自分に許可できる場面で多いのは身近な人に対してだ。
子供は親によく悪感情を出すし、逆もあるかもしれない。夫婦間でもやはりよく起こり得る。

例えば「子供とはいえ一人の人間なのだから、年齢に関係なく負える責任を負うべきだ」と夫が考えているとする。
妻は「子供は保護され、十分甘やかされることを経験しつつも、ひとつひとつ大事なことを教えて大人にしていくものだ」と考えているとする。
意見が異なるのは、人によって価値観や育った環境が違うのだから当然だ。
ここは問題にならない。

あるとき子供の進学で、意見が対立したとする。
夫はより責任を負える人間になれるような全寮制の学校を、妻は段階を踏んで成長するために今適切な実力の学校を、それぞれ良いと思っている。
子供自身の意見はひとまず置く。夫婦がお互いに相手の意見を尊重し、本当に必要なことを話し合いで決められればそれに越したことはないが、どちらもが軸を持つ場合そういうことはなかなか起こらない。
争いに発展することも少なくない。そこで妻が夫にこう言ったとする。

「そんなにあの子にこの家から出て行ってほしいの!?」

この発言はもちろん価値の基準とは関係がない。
話の筋にも適っていない。ただの悪感情の言葉だ。
攻撃的な言葉だとも言えるし、攻撃の手段を変えたとも言える。
ただおそらく妻はその意識はない。(そういうことが多い)

こういったことと同じようなシチュエーションを目にしたり、自分が経験したことがある人がほとんどだと思うが、【さて、この言葉は一体誰に向かって言われた言葉だろう?】と考えてみたことはあるだろうか?「そんなの夫に対してに決まっているじゃないか」と思うだろう。
さらに妻がこう言ったらどうだろう「あなたはいつもいつもそういうことを言っている。この子を遠ざけようとするようなことを言った」。
もう夫が有罪に聞こえないだろうか。

だが少なくとも今回のやり取りを見る限り、夫は「子供を遠ざける」ためのことは言っていない。
多くの場合で悪感情の発言(妻が夫に「子供を遠ざけようとしている」と言った怒りの言葉)は、実はその人自身に言っているのではない。まずわかるのは『夫はそんなことを一言も言っていない』からだ。
冷静に、普通に考えれば誰が聞いてもわかる。

今は子供の学業の話をしていたのだ。
そのベストな方法を考えて全寮制を提案した。遠ざける話ではなく、学業のベストの話をしていたのだ。
なら「子供を遠ざけようとしている」というのは筋が違う。

悪感情の言葉は「筋が違う夫」に向けられてはいるが、夫に言っているわけではない。
ほとんどの場合で、自分が過去そういう目に遭ったか、そういう悲しい事件を目にしてショックを受けたことに対して言っている。
例えば自分を捨てて父親が離婚した、と理解していると「捨てる」に近いシチュエーションを全て『悪い物事』と判断してしまう。
ならその言葉は本当は、「自分を捨てた父親」に言っているのだ。
夫には実は「それに近いと思わせるような発言をするなんてあのろくでなしの父親と同じようなことをしている悪逆非道な考え方だ」と言っているのだが、いろいろな条件で言葉が短くなり「子供を遠ざけようとするなんて信じられない!」というような発言になったのだ。
夫は妻の過去にとばっちりを食らっているにすぎない。

 

同じことは良い感情に対しても言える。
「本当に親切でなんていい人なんだ!」と感動しその発言をしてもらったとき、いい意味の言葉を投げてくれているので誰も悪い気はしない。
だが実は、その発言をした人が、そういう満たされ方をしたことがないか、渇望しているからその発言をしているのであって、実は自分中心の主観で、相手は関係しない(相手不在)。
自分の感情が高ぶったことを、相手を巻き込んで「あなたのせい(おかげ)」にしているだけなのだ。

例えば異性を「好き」になる。だがその「好き」は一体何が好きなのか?というと、相手そのものや相手の深いところが好きなのではなく、『自分が好きだと思える 材料と部分』を好きになっていることがわかる。
その材料や部分は何を基準にしているかというと、自分が過去満たされなかっ たことを満たしてくれるとか、自分が過去満たされたことをもう一度満たされたいと思う気持ちだったりする。
それを満たしてくれる確率高そうなところを「好き」になるのだ。

だから「好き」な気持ちは満たされなければ違うことがわかり冷めるし、満たされまくれば当たり前になるのでやはりそのうちなくなってしまう。

 

悪感情にしろ、良い感情にしろ、強く大きな感情の言葉はほぼ全て、その心理背景に自己中心的な「勘違い」「とばっちり」「不足感」「感情と思考の混同」「諦め」などがある。
そういう心理状態にあることを知っていれば、罵声を浴びても自分とは無関係なのだからさほど腹も立たないし、褒められたり告白されてもさほど嬉しくならない。
自分が大きな感情を抱いたり、そういう言葉を使ったときは勘違いや思い込みがあるのでは?と自己分析することもできる。