言語心理学 あとがき

「これでも」端折って書いたし、テキストのような論理解説書にならないように試みた。
いつかは言語心理学を書かなければと思っていた。
会員サービスでは高度目の内容のことを書いたり話したりしているつもりだが、それでも言語心理学だけはちょっと無理かなと思っていた。

 

ある日アンケートを取ったら、エスモーズコラムにあるような単語事例ではなく、体系の方を求める声があったので渡りに船だなと思って書いてみた。
本心では全部10回読んで、全部身につけてほしいが、実際には使えるところを使ってくれたらいい。
近しい人に「あるある話題」や「雑学トーク」のように話してもらえるとより興味がわくんじゃないかと思う。
より興味がわいた人は、会話の中で「なんでわざわざそれを言わなければならないんだろう」と考えてみるといいと思う。
簡単な言葉でいい。もしかしてこうじゃないか、ああじゃないか、と考えてみることを楽しくやってもらえればいいと思う。

 

言語心理学はあくまで使われる言語から心理を読み取る目的であって「心理術」ではない。
言語で相手をたぶらかしたり、物を売ったり、誘導したりする目的では書いていない。
だから「術」に関することは書かなかったつもりだ。
能動的に使う言葉ではなく、言葉を分析して相手の本質を理解するための視点で書いた。
相手を正確に知ることができれば、術によって相手を誘導する必要などなくなる。

言葉を学んでいると、色々とわかることがある。
例えばテレビの時代劇で豊臣秀吉が尾張弁を話すシーンがよく見られるが、「ああ、その時代の尾張の発音は標準語発音なのにな・・・」と思ってしまう。
やはりテレビなどで「若者のら抜き言葉が問題だ」と聞くとバカめと思う。
言語は割と短い時間で使い方が変わる。
実際近年「食べられる」よりも「食べれる」と表現する「ら抜き人口」が「らあり人口」を超えた。
標準語は明治期に作られた統一語で、それ以前から伝統的に続いていた言葉ではない。
「超ウケる」の「超」も言葉の乱れではない。
元は新幹線のキャッチフレーズで「夢の超特急」とつけたことからはじまった。
心理に限らず言葉そのものを探ると、わかってくることもたくさんあるし、何よりおもしろく楽しいんじゃないかと思う。

松原靖樹